カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

いらないものが多すぎる!(The Blue Heartsへのオマージュ、かもしれない)

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美容院で出された30~40代向けファッション雑誌に、目を通す気にはならなかった。

こういう情報は、きっと自分には、もう必要ないんだね。

食べ歩きも新しい店も、きれいな服も化粧品も、もういい。
(といいつつ、香水はネット通販で衝動買いしたけど・・)


何年か前には、別の意味で、こういう雑誌を見たくなかった。
敗北感が残ったからだ。

リッチなマダム向け記事で扱われる商品は高額で、
優雅に取るランチや、ホテルでのラグジュアリーなひとときなど、
決して自分には踏み込めない世界に見えて、
「負け犬」である現実を思い知らされるようだった。


今はたまたま白隠禅師の本を読んだりしてるけど
必要な本も、ほとんどないように思う。

外から仕入れた情報で、自分の中はパンパンだ。
これ以上入れれば、自分がつぶれる。

40を過ぎて、その感覚が強くなった。

だから、これからは捨てる。

あなたはまだ未熟だよと言われそうだが、
40と言えば不惑である。
30にして立ったのだし。

親切にこんな本を読んだほうがいいと勧めてくれる方もいるが、
それはその人に必要であって、自分にじゃない。
必要な本は、自分で察知して、ベストなタイミングで読む。

誰にも、そんな能力は備わっているはずだ。
もう、本当はみんな、わかっているんじゃないかと思うけれど、
謙虚だから、黙っているだけだよね。

自分には自信なんかないけど、傲慢だから言っちゃうよ。

同様に必要な物は、必ずベストなタイミングで手に入る。
動物が嗅ぎ分けるように、人もそれができる。

他人からのアドバイスが、あまり役に立ったことがない。

結局わかったのは、自分が、「人からのアドバイスを必要としている」という
不安を、常に抱えていたということだ。
アドバイスは、自分がどんな人間であるか、知る助けにはなる。
それをそのまま自分のやり方として使うことはできない気がする。

それは、自分が、絵を描く人間だからかもしれないけれど。
職人じゃない。


必要なものは、全部自分の中に。

何が幸せかは、一人一人違うから、自分以外にはわからない。
そのことが、自分が必要なすべてを持っていることの裏づけになるように思う。

(写真は、意味がないけど、坦々麺です。)