カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

くれればやっぱりうれしい

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もう、寺を出て、まる一年経ちました。
お蔭様で、あれからかのんは楽しく生きています。
ありがとうございます。m(__)m


ちょっと前のハナシになっちゃうけど・・

去年、ジイちゃんの入っているお寺に、お金を送って読経してもらったって書いたよね。

あの後、寺からなんと(!?)
領収書が来たんだよ。

って、驚くことじゃないかもしれないけど・・

小坊主のいた寺のことを考えれば、ちょっと
「ぶっとび!!」
って、カンジなのね。

さらにさらに、お供物のお菓子と、お香と
数珠入れまで入っていたんだよ!!

し、信じられん・・(-_-;)

超、太っ腹!!!

だって、寺にいるときは、ご喜納があっても
「いちいちお礼なんか書かないでいいです」
って言われてたし、それどころか

「ありがとうございます」

ってのも言っちゃいけないのね。
だって、

「こちらは仏様だから」
「偉いんだから」
「人は仏の前でひれ伏していなきゃならないから」

なのね。

ちなみに、「ありがとうございます」
の代わりに、「お預かりいたします」
って言うのね。

他にも、
「お支払い下さい」→「お納め下さい」
「いただく」→「お預かりする」
とか、謙譲語を使わないとかね。(マニュアルがある)



まあ、領収書は、あまり寺や神社では出さないものかもね。

あの寺について言えば、
なにしろ、領収書という
受け取った証拠となるようなものは
なるべく残したくないわけよ。

縁日や法話会等、入場料の決まっているものは、
お札をお渡ししてそれでおしまいね。

そうすれば、何人入ったかはごまかして
帳簿に記入できる。

年会費はお札つきの会員証を発行するから、それが領収書代わりかな。
祈祷料は振り込み利用で証拠が残るから、あらためて領収書は切らない。

その辺の証拠が残るものは、みんなごまかしなく帳簿に載せている。


でも、ご喜納金については「な~んにも」なのね。

たくさん納めた方は、ちょっとくらい挨拶程度は欲しいんじゃないかと思うけど、
なしのつぶてなのね。

たいがいその辺の気配を読んで、信者さんは遠慮してるけど、
たまに領収書が欲しいと言って来る信者さんも、中にはいるわけね。

そうすると、
「非常識だ!!」
って、和尚はもちろん秘書も専務も怒るわけね。

ま、あくまで裏でで、表立って怒るわけじゃないけど、
結構イヤそうに
「領収書ですか?」
とか言いながら、出すわけね。

そのくらい、いいんじゃないかと思うんだけど。

たくさんお納めいただいたら、お札くらい渡してもよさそうなものだけど、
多少の例外を除いて、それも出し渋り。
手紙や質問をもらっても、ほとんど返事も出さないもんね。


京都の某神社に願かけて、叶ったから
古いお札といくらか包んで送った時も、新しいお札を送っていただいたけどなぁ。
まあ、新しいお札を送ってくださるとは期待していなかったから、意外だったけど。

だから今回いろいろ送ってくださったのには、ホント、ビックリした。
大きいとこほど、人も大勢いるし、その辺のシステムは
きちんとしてるのかもしれないけど。



昔は、あの寺だって、5万も入れればテレホンカードくらいはくれたんだよ。
人手不足なのかもしれないけど、やっぱり和尚の人柄が出ちゃうんだろうね。

自分のところのお金については、一円でも大騒ぎなのに、
他人のお金については、「よこして当たり前」ってのもねぇ・・。

これでたとえ救われたとしても、何かべつのものが残りそうですよね。


って、ものの良し悪しで判断しちゃう
凡夫の意見ですけど(^_^;)。