先日、雑誌「散歩の達人」を読んだのね。
(これ、首都圏でしか販売されてないのかな?)
中華街の特集でした。
でも、行きつけのお店は、ぜんぜん出てませんでした。
ナゼッ!? って感じ。
友人に言ったら、
「取材拒否されたか、特別に頼まれたところだけにしたんじゃないの?」
ってことでしたが、そうかもしれん・・
愛してるあのお店たちが出てないのは、
自分の感覚がズレてるの!? とも思ったが・・
1軒だけ出てたけど、名前の読み間違ってたもんね。
だいたい肉まんで「華正楼」が出てないのは、ありえんだろう・・
ま、中華街のことは置いといて、
後半に、「黄金町」に関する記事があったのね。
「黄金町」つったら、横浜で超ディープな街。
かつてはね。
そう、今は残っていないのだった。
2005年に行ったら、連なったあの小屋はなかった。
それ以前、2001年に行った時はあった。
(すいません、何言ってるかわからないかもしれませんが、
ググってみてくだされ。)
その時は、衝撃でその晩、眠れなかった。
(いや、寝たけどw)
小屋からのぞく、女性の脚。
それも、昼間でございます。正午頃かな?
あちこちの立て看板には
エイズや売春、覚せい剤撲滅を叫ぶ文句があった。
そこに連れて行ってくれた知人は、10年ほど桜木町の裏側に住んでいた。
上京して来た初日、中華街に行こうとして石川町の反対側に間違えて出て寿町に入り込み、
「ずいぶん思っていたのと感じが違うな」
といぶかしんだらしい(笑)。
どうして東京の大学なのに横浜に住み続けたのか不思議だったが、
先日クロサワの「天国と地獄」を見て、ナゾが解けた気がする。
そこに、クロサワの見た「黄金町」があった。
かつては、本当にそうだったのだろう。
「横浜」というと、外人の居留地のようなイメージが多いかもしれないが、
「特別猥雑な街」のイメージを抱いていて、それを興奮気味に語る人々もいる。
そういう人のイメージが何から作られていたのか、やっとわかった。
住んでいる人は、うすうす知りながら
それぞれの感覚で暮らしているのだが・・
記事は、その街の残り香に関するものだった。
去年、あることに疲れて
なんとなく入った洋食の店があった。
3時をまわっていたけど、昼食が取れそうだったから。
その店はひなびていたのに、24時間営業だった。
茶碗3杯はありそうな盛りのオムライスに、味噌汁がついている。
これで650円。
その店が、記事に出ていた。
「天国と地獄」に出ていた、24時間営業のある酒場。
進駐軍や、それ目当ての売春婦、深夜の労働者の集う店。
今はもうないが、その流れを汲む数軒のうち一つが、その洋食屋らしい。
今でも、ワケアリの人々が多く集う店。
自分にも、そのお店の女性は、暖かかった。
知らずに入ったけれど、なにか匂うものがあった。
街も、景色も、どんどん変わっていく。