カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

ゴミに咲く花

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さて、早くも、今年は今日で終わりです。

皆様のおかげで、楽しい一年を過ごさせていただきました。

どうも、ありがとうございました。

一昨年は、寝てばっかり

去年は、瞑想してばっかり

でしたが、

今年はそうして蓄えたエネルギーを、多少は行動に変えられた気がします。

また、自分が生きることを本当の意味で肯定的に捉えられた
初めての年でなかったかという気がします。

長い長い否定のトンネルを出て、初めての世界に触れたようです。

さらに、去年は別ればかり何件もありましたが
今年は新たなよいご縁をいくつかいただけました。

去年の残念は、今年の準備であった気もします。

さて、CDを買ってきました。

懐かしながら、「Sex Pistols」です。

実は、映画「シド アンド ナンシー」を見たり
本でピストルズのことを読んだり
シド柄のシャツは持っていたりしていましたが、
音楽に触れたことはなかったのです。

映画「シド アンド ナンシー」は
Pistolsのベーシスト、シド・ヴィシャスとPistolsの追っかけ(だったっけ)の
ナンシー・スパンゲンの凄絶な恋を描いている。

映画を見るかぎり
シドはベースもきちんとできていなかったし
「シット」とか「ファック」ばかり言っていて
まともに参加してもいないように見えていたが

演奏はヘタクソというわけでもないし、聞くに耐えないということはない。
思っていたよりちゃんとしていた。

日本のパンクやロックのグループが真似しきれないようなものが
そこにはあった。

それは、いら立ちみたいなもんじゃないか。
絶対的に変わらない何かへの絶望感と言うか、閉塞感というか。

まあ昔つきあいのあったパンクの人は
私のパンクに対するコメントが的外れだと言っていたが。

彼らの歌う『マイ・ウェイ(ウヮイって言ってるけど)』ほど
きたならしくて猥雑でいいかげんなマイ・ウェイはどこにも(少なくともプロのカバーには)ない。

が、どこか切実であからさまで、涙を禁じ得ない。
逆にものすごくきれいなようにも見えるのだ。

彼らの音楽は、くそみたいで猥雑だが
だれにもマネできない輝きがある。

クソで最低なさなかにも、消せない輝きがある。


それを聞いて、思ったのだ

どんなに最低な瞬間でも、輝きがある。
どうしようもない人間でも。

彼らの音楽は、同時代に生きた同じような生き方の人々の代弁である。
ほとんどの人が表現するすべを持たず、ただ黙って怒りをくすぶらせる中
その気分を形に変えた。だから彼らはヒーローだ。
パンクスは、ボクサーみたいなものだ。
昔の友達や兄が何をしようとしたのか、彼らの音楽を聞くとおぼろげに見えてくる。

「ゴミに咲く花」と
アナーキーインザUK』に歌われているけど

今みれば、彼らをヒーローととらえるのは難しくない。

しかし当時にしてみれば、彼らの生き方はゴミのようなものである。

自分の生き方もゴミ。

しかしどの瞬間にも、光はある。

救いのない、暴力の瞬間にも、
ひょっとしたら、近親相姦のような忌わしい瞬間にも。

彼らの曲は、そんなふうに思わせる。
 

皆様、よいお年を!!

とっ、ゆっくり書いているうちに新年になってしまいました。