カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

因果は消える

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皆様、あけましておめでとうございます!
今年も、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m。


新年早々、辛気臭い話題で申し訳ないが・・


昨年末、行きつけのレストラン『スエヒロ』に行ったら、閉店していた。

がっかりだー!!


ここは、ものごころつく前から、親に連れられて行った店だった。

毎年いっぺん、年の瀬に行って、その年も無事に終わろうとしていることを喜んだ。
今年もこの店に来ることができたと、ささやかな幸せを味わった。

その店は、銀座では手頃な値段のステーキ店で、
高いメニューもあったが、昼はごくごく安価でランチを楽しむことができた。

全盛期には、6丁目の一角に、全階がその店のビルを持っていた。

しかし、他の系列店と共にバブルを境に縮小・移転を繰り返し、
もと自社ビルのあった6丁目に戻ってしばらく営業していたが、
昨年末、コツゼンと姿を消した。

10月には、確かあったと思ったのに。
その時も、店の前で350円くらいの弁当を売っていた。

たぶん、安過ぎたのだ。

その店は、どこか、自分のよりどころになっていた。
父親が死んだ後も、そこに行けば、どこか思い出と繋がれるような気がしていた。
そして、年に一回であっても、銀座で食事できるという
ささやかな優越感を味わえた。

それが、ある日突然なくなった。

それは、いままであった幸せを、はっきりと浮き立たせる。

結局、新橋のフォルクスで食事をしたが、
そこもそれなりにうまかった。
女性の店員さんが親切で、癒された。


そして年始。

母宅で、都心にある祖父母の墓がなくなるかもしれないことを聞かされた。
ほぼ確定だった。

長男である伯父は、墓にノータッチだったのだ。
寺によると、3年入金がないと無縁仏として処理され、墓は撤去されるらしい。

しかし、お参りをしていた人がいたので
3年経っても撤去せずにいたのだと、母は先日寺から告げられたそうだ。

4月に卒塔婆が一本もなかったので不思議だったが、
そういうことらしい。

地価が高く、バブル期も真っ先に激しく地上げが入った辺りだから
無理もないのかもしれない。

しかし、それをしたら、人の心の拠り所はなくなってしまう。

そういう所に、拠り所を求めるべきではないということか。

寺だって活路を探さなければならないから、当たり前といえば言えるが、
結局寺は、心の問題をケアする場所ではなかったということだ。

その点は、むしろ教会の方が、まだ機能しているように見える。

寺は世襲制なのに対し、教会の牧師はそうでない。
教会の牧師は、なりたい人がなっているから、まだ言葉に活力がある。
(おおむねということで、そうでないお坊さまもいらっしゃるのは
実際に存じております。)


叔父がそれを聞き、「自分が面倒見ようか」と言いかけたが、
「いや、やはりそれは潮時かもしれない」と、言い直したそうだ。

家督は長男である伯父が継ぎ、
叔父たちは他家の養子になっている。

例え叔父が継いだとしても、遠方にいるし、
その後はまたわからない。

だから、墓という目に見えるものがなくても
心で供養すればいいのだと、皆、思い直したということである。


そうなのかもしれない。

持っていることは幸せかもしれないが、負担になることもある。

拠り所を、優越感や
目に見えるものに求める時代は終わったのかもしれない。

2012年の終末のことがあれこれ囁かれているが
終わりとは、そういう価値観の終わりを意味するような気がする。


優越感とは、何に対するものか。
何に対して、自分は優れていると思うのか。


優越感がなくても、劣等感がなければいい。

そのようにして、デコとボコが消えていく。
因果がなくなってゆく。


幸せとは、なにもないことである。

(写真は、別の日に食べた『銀座・古川(シチューがメインの洋食屋)』の
「季節の野菜カレー」です。
インド風でないホウレン草のカレーですが、味はしっかりしていて
野菜の味が生きていてウマかったです。ここはリピートしそう。)