カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

夢の続き

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さて先日、用事があって表参道へ。

表参道ヒルズに行くと必ず、同潤会のサイドに寄る。

表参道ヒルズは、もと同潤会アパートがあった場所に
建築家・安藤忠雄が設計して建てた商業施設。

一部に同潤会アパートを復元している。

その1階に、ギャラリーの案内が出ていた。
J・M・フォロンのシルクスクリーン

それを頼りに訪ねてみた、「Galerie412」。

ここはアパートだった頃、412号室にあった。


私より少しだけ年上と思われる女性が、声をかけてくれた。
「ここへは下の案内を見て?」
案内は、私が立ち寄るほんの数分前に出したらしい。

フォロンがあったからと伝えると、奥から何枚か、出してきてくれた。
「久し振り、こうしてフォロンの話ができるなんて」

その人はそう言って、私を歓迎してくれた。

普段ギャラリーに寄っても、あまりスタッフと話をすることはない。

しかしその人はまったく自然に、するりと私の中に入ってきた。


出で立ちはコム・デ・ギャルソンか、ヨウジヤマモト
DCブランド華やかなりし頃、つまり私と同時代に若かりし頃を生きたらしい。

昔の同潤会から、表参道のこと、気に入ったカフェにまで
話は及んだ。

その人の片越しに、同潤会の窓の外が見えた。
日の光にケヤキの葉、あの頃と変わっていなかった。

夢に燃えていたころの表参道がそこにあった。

学生時代、社会人と、ほぼ毎週のように通い詰めた。

つわりが出て動けなくなるほんの2日前まで、私はこの辺りに来ていた。
その日は神宮前でカレーを食べて、能楽堂に行ったのだった。
能を見ながら眠ってしまったのは(笑)体調のせいもあったと思う。

その後20年近く、自分のためにこの街に来ることはなかった。


この人はその間、ずっとこのギャラリーを守っていた。

ここは大したギャラリーで、時代を創り、表参道を創ってきた。

「東京は遅れている」と言って、画家・大竹伸朗宇和島へ出ていったが
確かに、自ら創り出していない、他の人の作った文化を追いかけているという意味では
遅れているかもしれない。

でも、東京にいて、文化を紹介する、そうした問い方もあるのだという気はする。

その人の中に、「かっこよかった原宿」が詰まっていた。

久し振りに、胸おどる人に出会った。
その人がいるだけで、なんとなく生きるのが楽しくなるような。


新しい自分と出会うと、それからすぐ、外で誰か新しい人に出会う。

そんな気がする。


興奮を抱いて、空の明るくなるまで起きていた。

東の空に、暁の金星(ルシファー)が光る。

星がすばらしいのは、人が夢を託しているからだ。