セルフでできるブロック解消にこの10年を費やしてきて、そこそこ解消されたような、
でも最も根源的な問題は解消されていないような感じだったが
自分でやるのはそこまでが限界だったのかもしれない。
しかしこの機会にSさんという他者による解放ワークを受けて
思いがけず強力だったため、おそらくこのような事態になった。
いろいろ感知できない力により、なんとか私の精神は平衡を保つことができているが
それでも負担だったことに変わりないのだろう。
でもTさんによると、それは恩寵だという。
大きい収穫を手にしたことの代償というか、
自分の多次元性を経験した証というか、そんなものだという。
なんか、よくわかっていないような、ちゃんと説明できていない感じですけど・・
でも魂が戻っていなかったというのは納得できる。
というのは、ここのところ、夫の憑依が甚だしかったからだ。
私の顔はほとんど夫そのものだった(笑)
「なんでこんなに憑依ばかりされているんですか」
と守護者に聞いてみたところ
「それはあなたが留守になっているから」
という答えだった。
留守、つまり私の魂がまたも体を離れている・・
しかし普段のエンパスによる離れ方より、明らかに程度がひどかった。
ともかく、自分の今の状態を知ることができたのはよかった。
このタイミングでそうした経験のある人と会えた、というのは幸運だったと思えた。
ではどうしたらいいか、というと、それはまだその時点ではわからなかったのだが。
それで、やはりぼんやりしたまま帰途についた。
彼女のほうはと言えば、Nさんのフォローがあって戻って来ることができたようだった。
その後の私については別の機会に書くとして
さらに、彼女によると
そのショックは、彼女の過去生、「アウシュビッツ」での出来事にアクセスしたことによりもたらされたという。
Nさんによると
「それほどの過去に直面したために再びショック状態が起きた」
ということだった。
しかしアウシュビッツの過去生があることは、Nさんとのセッション以前にすでに知っていたらしい。
それは共通の友人、Hさんから聞いたらしい。
私とTさんが出会ったワークショップの主催者の一人である。
Hさんはアロマを使ったサイキックリーダーであり、今回 Tさんと再会して最初に話題に登ったのも、Hさんのことだった。
もっとも信頼できるサイキックリーダーの一人である。
(余談ながら、私がHさんから最初のセッションで告げられた過去生は古代ローマにキリスト教布教をしていた人物ということだった。)
それで、
「私もアウシュビッツじゃないかもしれないけれど、強制収容所に関係した過去生があるかもしれないなぁ」
みたいな感じで話すと
その可能性はある、みたいな感じで返された。
というのは、彼女と2回目に会ったワークショップに同席していたFさん(彼女はTさんと一緒に占星術の教室に通っていて、そこの講師MさんとNさんは親しい。Mさんと私は友人である)の過去生もアウシュビッツだという。
Tさんは囚人としてだが、Fさんはナチス側で、看護婦だったらしい。
なおFさんは今世においても看護士である。
そしてワークショップに同席する人にはなんらかの縁情がある、という話・・
まああくまでも仮定、でしょうけど・・
前回ダッハウの強制収容所に行った際、特に深く考えることもなく白いバラを二本手向けたのだが
後にTVで、当時ミュンヘンの学生によるナチスへの反対運動「白バラ運動」が起きたと知る。
主催は2人の学生で、彼らは兄妹だった。
やがて当局により捉えられてダッハウに散る。
また6才から20代にかけて繰り返し見ていた
ついたてがなく並ぶ洋式トイレの夢。
ものすごくこわい夢で、なぜしばしば見るのかわからなかった。
心理学的には、おそらく意識上の「個のテリトリー」が侵害されている、つまりアイデンティティーが曖昧である、ということの比喩であると私は結論づけていた。
ダッハウ強制収容所の復元されたトイレが、その夢と寸分違わず重なった。
便器の色も間隔も壁面も同じだった。
私が行った時にはまだ復元されていなかったが、そのちょうど1年後だったか?日付も同じだった。なんとその日にその写真が公開されて、かなりの衝撃を受けた。
まあ、偶然・・?確かに偶然で済ませれば済ませられるかもしれないけれど、
それにしても夢とそっくり過ぎた。
そして彼女に会ったきっかけを作ってくれたワークショップ主催者のもう一人、Kさんも、私がドイツ人っぽいとしばしば言っていた。
初めてTさんに出会ったワークショップで、さらにもう一人の主催者にも、
他の参加者にも、私はヨーロッパ系と言われていた。
私については不明としても、その日Tさんが来ていたシャツは
なぜか黒と灰色の縞模様・・それがユダヤの囚人服と重なった。
そのことについては、言えなかった。