夫の存在を忘れ期待しなくなったことで
何かが微妙に変わってきた。
夫の存在を忘れたのは
ベットが要介護になったからだった。
青天の霹靂だった。
でもその時
自分は要介護を受け入れる状態になっていたことを知った。
自分はすでに十分過ぎるほど遊んで来た。
行きたいところにも行ったし
食べたいものも食べた。
去年は不思議なほどタイミングが合って人がひんぱんに集まり
私は疲れ果てていた。
人に会うのは私にとって
あまり楽しいことではない。
一人が一番楽しいのだ。
なるべく多く一人の時間を取らないと浄化が追いつかない。
友人とは去年十分過ぎるほど会ったから
もういいのだ。
そして自分の覚悟が意外にスッパリ決まっていることにビックリした。
自分は変化を受け入れる準備ができていた。
泰然たる魂は揺るぎなく
先をすでに知っていて受け入れている。
きっと死ぬときも覚悟はできていて
満足し、皆に感謝して去ることができるのだろう。
では何が変わったのか?
今のところ、よくわからない(笑)
でも恐らく、変化の時期なのだ。
(葉山・チャヤ付近)