先日まで某新聞の販売店でバイトしていた。
ここは自宅から徒歩10分と破格に近く、今までの始業時間2時間半前に自宅を出ていたことに比べると、天国のようであった。
倉庫は基本不便なところにあるので、最寄り駅からもバスだったりして時間が読みづらく、始業の遅くとも30分前に入っていなければならず、また単発で場所がそのつど変わるため、実際にどの程度集合場所までかかるのかもわからないので、ある程度仕方ないことなのだが。
それも、始業より少し早めに着いていたら、「ギリギリでいい」というお達しがあったので、自宅を出るのは15分前より後だ。
仕事上の手続きは結構たくさんあって複雑だったが、仕事の内容自体はデータ管理と顧客対応で、寺の仕事と質的には変わりなかった。
ただ業務は結構忙しく、この時給でこの内容はちょっと安すぎるんじゃないのか、という感じだった。
でも2年以上勤めれば、なんと、アルバイトなのに退職金まで出るのだ。
それを考えれば、この時給でもなんとか受け入れられる。
他のスタッフも親切でいい人ばかりだったので、当初はできる限り長く勤めるつもりだった。
しかしそのような職場を、なぜ急に辞めようと思うに至ったのか。
他の人にしてみれば、とても辞めるような理由になることではないかもしれないし、いくら説明したとしても説得力に欠けるものではあるかもしれない。
端的に言えば、波動が合わなかったということになる。
その余波が、身近な者の生命の危機になって表れた。
「合わない仕事をすると、死が訪れる」
という預言が、身に迫って感じられた。
自分でなく、身近でもっとも弱い部分、そして自分にとっては我が身以上に弱点である部分に、それは表れた。
もはや辞める以外の選択肢はなかった。
多少の猶予は必要だったが、「辞める」と決めたら
周囲に生の気配が戻ってきた。
その猶予中、しばし未知の世界をかいま見た。
そこはただの販売店で、出版業界の本体ではないけれど
新聞が手元に届くしくみを知ることができたし、販売店独自の印刷物も作っていて、
一時期学校新聞やミニコミ作りに勤しんでいた自分には楽しく興味深い作業でもあった。
折り込みや集金、配達や契約のナゾにも迫ることができた。
身近なことでも、実は知らないことだらけで、
そこそこ古い業界のためか、難解な専門用語が飛び交い、各作業について定型のルーチンやフォーマットが細かく規定されている。
仕事内容は古い型通りだが、世の中の急ぐ流れに押されて、朝夕刊を配る時間はどんどん早くなり、人手は少ないので一人あたりの仕事量が増えている。
新聞を読む人は減っているのに、である。
客の絶対数が減っているため奪い合いが激化しているのと、
プレイガイドの役割も請け負っていたりと、サービスが複雑化しているせいでもある。
社員は若い人ばかりなのだが、配達員や集金パートには年配の人が多く、ちょっと泥臭い職場である。
「泥臭い」というのは、アイデア勝負とか頭脳を使った仕事ではなくて、地道に足を運んで一つづつ決められた作業をする仕事という意味である。
中には若くて可愛らしい女性もいて、こう言っては悪いが、よくそんな地道な仕事を選ぶ気になったなと思わずにいられなかったりする。
制服だって可愛らしいわけでもないし、カブで乗ってまわるような、イメージ的にはおっさんの仕事である(こうした考えもジェンダーかもしれない)。
服飾関係とか、もうちょっと華やかな仕事はいくらでもありそうだし、逆にこうした地味な仕事を選ぶのは、生活力があるようで頼もしくも見える(これもおそらくイメージだけの話。私は実際アパレル関係でアルバイトをしたこともあるが)。
企業だから当たり前かもしれないが、常に売り上げを上げるよう社員にはプレッシャーがかかっている。
で、その新聞勧誘なのだが、外注の勧誘員というのがいて、毎月何社からか来て、何日か入っていく。
この人たちが、それこそ販売店の所長も「普通の人でない」と評するような、かなり険しい?道を歩んできたと思しき人々。
日雇いの稼業にいた時も、さすがにここまでの人々には出くわさなかったような面構えばかりだが、これだっておそらく日雇いのはずである。
契約のために赴くのは基本社員で、規定の服を着ているが、そうした人々は平服どころか、足元が雪駄だったりして恐れ入る。
他の新聞社の勧誘員と間違えないようにその制服を確認してから私は鍵をいつも開けていたが、そういう人々も契約を取ってくるので、客はよく鍵を開けて契約したなと感心する。
さすがにその日、雪駄の人は契約を取ってきていなかったが、店としては長年入ってもらっているお馴染みの方のようである。
年の頃は60代後半~70そこそこといったところで、たこ入道のように坊主頭で赤ら顔、つまり酒まではいっている。
微妙にろれつも回らず、茹で上がったばかりのように水っぽい感じの皮膚なのだ(どんな感じだ)。
これで契約が取れるとすれば、ハッキリ言って怖いからで、脅しと言えると思う。(笑)
同じ会社から来たもう一人の人も、上下白ジャージというわけのわからない服装で、玄関の覗き窓からその風体が拝めたら、迷わず居留守を私なら使う。
ところがこういう遊び人?は、妙に気のつくところがあって、たこ入道の方は帰りしなに私(だけ)にペットボトルのお茶を買ってよこしたのである。
私だけというのは、その場にいた女性(一応まがりなりにも)は私だけだったからである。
正直怖かったので、余計にびっくりしてしまったが、妙に納得のいくところもある。
きれいな女にだけ気を遣うのがペーペーのプレイボーイなら、こういう白髪だらけの女性ホルモンカッスカスのおばさんにまで気を遣うのが、プロのプレイボーイというヤツである。
可能性のあるところを、彼らは見逃しはしない。
そこがプロである(ホントかい)。
しかしおばさんもそれなりに経験を積んでいるので、「ありがとう」と笑顔で答えるだけである。
タダほど高いものはない。先日知人の元警察官から、
「まあきやつらは裏の裏まで知っているから気がつくし丁寧だよ。でもヤッちゃったら後は強いから。」
みたいな話を聞いたが、まあ、そういうものなんだろう。
茶一杯程度でどうにかなるってもんでもないが、たかが一杯、されど一杯。
心にスキを作るには十分なのである。普段大切にされていない身には余計だ。
その辺を知り抜いている彼らはすごい。
これもセクハラと言えると思うが、そういう彼らを偉いと思ってしまっている自分は、すでに術中に落ちている(簡単・笑)。
喪黒福造が怖いのは、心のスキマを突いてくるからである。