カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

大きな愛

もう8月も下旬に入ってしまいました。
8月いっぱいでブログのupはできなくなるから、もうそろそろ移行しないとね。
 
でも、この記事は書いておきたいので、急いで書きます。
 
 
とりあえず、元夫は約1週間入院していました。
 
日帰り手術も多い中で、手術もないのにこれだけの期間入院するというのは
結構長い方なのかなと思います。
 
 
私は呪い返しのせいかと思っていましたが
 
考えてみれば結婚当初、2~3年は毎年お盆くらいになると
こんな風に救急で運ばれていました。
 
そのこと自体がそもそも特殊だったように、私からは見えます。
 
私の家族にそんな人は一人もいませんでしたし
まわりでも聞いたことはありませんでした。
 
 
当時は、胃腸が弱いくらいにしか思っていなかったのですが
いま見ると、理由がよくわかります。
 
 
彼の家系は便秘症で、お父さんの方はそうでもなかったようですが
少なくともお母さんは重症な便秘でした。
 
 
美容師さんという職業柄もあるとは思うのですが
自宅に泊まりに行くと、ほぼ全員同じようになります。
 
 
私と娘だけはエンパスという体質もあるでしょうが
元夫の家系には、知る限り一人もエンパスはいません。
 
 
私も高校生の時は4~5日出ないような便秘症でしたが
大学生になってからは生活習慣を見直し、規則的に便通があるようになりました。
 
 
当時は気づいていませんでしたが、元夫は現在そうなように
当時から4~5日は出ないような便秘症だったのだと思います。
 
 
ふだん溜め込んでいるから、夏の新陳代謝が上がり、冷たいものや水分をたくさん取るようになると、一気に出るようになるんじゃないかと思います。
 
 
あとは、お盆休みになると24時間毎日わたしと一緒にいるようになるので、
魂的に(エネルギーフィールド的に)重なり、私の体質があちらに乗っ取られるのだと思います。
 
 
本人は異常事態と思っているようですし、つらいとか言ってすぐ救急車を呼んでしまいますが
 
体の反応からすれば、至極正常だと思います。
 
逆に私は滞留気味になっていましたが、高校生のころはそうだったので
元夫の体質が関係しているとは思いませんでした。
 
 
つまり、以後はその元夫の体質を、私が背負っていたということです。

そして離婚をしたから、魂の契約が切れて、元に戻ったというわけです。

 
今日、元夫は久しぶりに出社しましたが、私の滞留が取れて、水分があますところなく、とまでは言いませんが、かなり出て行ったと感じています。
 
 
一緒にいると、カミングホームという手続きをしていても、やはり相手の悪いところをもらってしまうのです。
 
 
なんどもしつこく(笑)言いますが、これを共依存と言った友人がいますが
相手の不調を軽減するのは、やはり無条件の愛だと思いますよ。
 
 
やろうとしたってできないんだから(笑)
 
子どもたちは無意識のままにやってますよ。
 
 
それは子どもたちの依存心からではなく、心からの、というか
神的な、神聖な愛だと思いますよ。
 
 
 
以上は、「呪い返し」を考慮しない範囲での話です。
 
 
先月受けた「呪い、呪い返し」についての講座ですが、
あまり詳しく書いてしまうと、友人の商売に差し障るので
まあ、差し障らない範囲でお話ししたいと思います。
 
 
手短に言えば呪いとは、「人の未消化の感情が溜まって腐ったもの」
ということです。
 
つまり何か言われたりされたりして、それに納得が行かなかった場合、
もやもやしたものが残る、その残留物なわけです。
 
そもそも残留物だから、それは停滞しているわけで
滞留は滞留を呼ぶわけです。
 
 
元夫にはそうした残留物があって、一連の引き起こされていたことは
性格によるものではなく、ただ、そうした感情の澱によるものだったんですね。
 
 
そのほかに、バンプリズムをさせていた理由もあったのですが、それはここでは触れません(以前書いたし)。
 
 
その感情の澱は、彼の育つ過程でできたもので、元姑との関係からできたものだと思います。
 
同様に、元姑の中にもそれがあったのでしょう。
 
 
それが家系のカルマといったものになっていたのだと思います。
 
 
自分の親に言い含められて来たことに、本当は同意していなかったのでしょう。
 
そのモヤモヤを親に対して表明していたり、意識していたりすれば浄化されるのですが
 
彼らは意識もしていないので、やはり澱として残っているんだと思います。
 
 
逆に私は両親に正面きって反駁した反逆児です。
 
 
少なくとも現時点、私は社会的に成功しているわけではありませんが
基本、あらゆる権威に反抗しています。(まあ、現体制の中で恩恵を享受してはいますが、それは権利ってことで)
 
○電にも○TTにもお役所にも、筋が通らないと思ったら徹底抗戦します。
相手が理解したかは定かではありませんが、それはそれでいいと思っています。
 
とりあえず、澱を残さないことが重要です。
 
娘もほぼ同様と言えるでしょう。
 
 
そういった意味で、家系のカルマは解消されているのです。
 
 
私という人間が彼らの家系に入り、また娘がやって来たことで
それは成し遂げられたわけです。
 
 
しかし元夫は考えを変えたわけではないので、相応にそのカルマを保持し、彼の持分だけ受けるべきものを受けなければならないと思います。
 
それは私には、どうしようもありません。
で、私と元夫はまったく価値観が違うので、やはりうまくいくのは難しいと言えます。
 
8月11日朝、そのことに対しあらためて深い怒りを感じて、とりあえず怒りを感じるままにし、なぜここまで深く対立するのだろうと考えていました。
すると、元夫は自分のシャドウであると浮かびました。
 
シャドウであるから、その価値観を許せないのは当たり前、とも思いました。

でも、だからその価値観を自分に許してもいい、だからそのために彼に出会ったのだと思えました。
 
私がもっとも怒りを覚える価値観とは何か、あらためて考えたところ
「人から何かをもらう、あるいは奪うのは当たり前で、何をしてもらっても当然と思って感謝どころか意識すらしない」
という部分でした。

つまり私はそのあたりができないということです。

でも、それが出来れば、私は幸せになれるのではと思いました。

そう考えたら、正に自分が欠けているところが目の前にあるという事実に、そのシナリオを作ったのは自分としても、高次の自分、つまり神に愛されていると感じました。

神、そして高次の自分は、自分に幸せになってもらいたいから、この現実を作ったのだと浮かび、すべてが許されていると感じました。

彼との差が解消されたわけではありませんが、自分のすべてが許され愛されて 
いるという感覚は、自責を少し和らげてくれたように思います。

おそらくこの変化は、Freedom Destiny平野あやさんの
《ゾロ目一斉LOVINGスペシャル 88 観音菩薩 大慈大悲一斉ワーク 》
8月8日 無償コース
 
を受けたからという気がします。
 
 
私は彼からは愛はもらえませんでしたが、いいのです。
 
 
そのこと自体が、大きな愛なのですから。