カノンはじめの「隠れたところもあまねく照らす」

祈祷師の下で事務員をしていた時に見た世の中の裏側や、バンパイアと暮らしていた時のこと、その他スピリチュアルなことやヒーリングなどについて主観的に綴ったブログです。

うさぎの仲間意識

一昨日、久しぶりに行きつけだったペットショップに行ってみた。

ウサギの死後、初めてだった。


可愛い新入り君たちがたくさんいた。


亡くなる日の昼、行ったきりだったので

感傷的になるかと思っていたが、なんとか大丈夫だった。



娘の就活用コートを買いに行った帰り、寄るのを提案したところ

「行くよ」

と迷いなく言われたので、そうした次第。




思えば娘が小学2年生の時にウサギはやってきて


それから13年半



とうとう就活の年になってしまった。


つまり生きてきた半分以上ずっと一緒だったものが

急にいなくなる心情はいかばかりか。




仕事で夜9時近くなる私の帰宅を


二人でずっと待っていた。


だから彼らは同志なのだろう。



さらにその仲間の帰宅を

ウサギは毎日待っていた。


ウサギがいつも籠っている部屋の奥の段ボールから出てくる時間を計ってみると


子供が学校を出た時間なのである。


そして部屋の入り口まで出て

子供を待ち続ける。



それがほぼぴったり合っているのだ。


時間割が毎日変わるが

ウサギが段ボールから出てくるのはやはり子供が学校を出る時間に一致している。


私が仕事先を出る時間、とかじゃないのだ。


あくまでも子供を待っている。



それを獣医さんに言うと

「それは、犬とかでもそうですね。」

と言われたので、そういうことはあるのだろう。



私も職場で明日来る予定のお客さんの体調が伝染していることがよくあったから


エンパスというのはかなり原始的な感覚なのだと思う。



今でも会う予定の人に体調の異常とかがあると
前日夜からこちらにも来るので

人にあるなら動物にもあるだろう。



ウサギにとって、
出会った時から子供は年下で


自分が上、という感覚がずっとあった。


だから何か責任のようなものを感じ
心配していたのかもしれない。



死んだ日も、子供が外出していて
帰宅した1時間後を見計らったように旅立った。


私の腕の中、子供の目の前で

ポカリを飲んだ直後のタイミングを選んで行った。


ウサギは家族に挨拶をして死んでいくという。


そういう、少しミラクルなところが

神話などで取り上げられる理由ではないかとも思う。


古くから人間の身近にいたこともあるだろうが



ヨーロッパでも日本でも
ウサギは神話で親しまれている。

仲間意識もあって
なかなか賢い生き物だと思う。



ペットショップのウサギたちは

私たちが近づくと


首を振ったり跳ねたりして
喜びを表現してくれた。


真横になってドスンと転がって
嬉しさを表現してくれた子もいた。


今も子供と出かけると
家で待ってくれている気がすごくする。