(私、ADHD、かもしれません(その1)より続きです)
で、彼女との意気投合?が伏線となっていたので
多少ショックは軽減されていたのだが
「私そのもの」
ってくらい自分に近いことが書かれていて、なかなか愕然だった。笑
それも、ここ2~3年、娘からはことあるごとに
とか、
とか言われていたのに、耳に入っていなかった。
娘について言えば、私が知っている限りの多動的傾向があるようには見えなかったし、
特にあわてもののようにも感じられなかったし、
学業成績も悪くはなく、そこそこの大学に行っていたから、問題視していなかったのである。
しかし、学業はそうでも、いざ就職となると、勝手が違ってくる。
心療内科で指摘されて、決定ではないものの、私はようやくそれを受け入れる気になり、
そうなったら、ようやく彼女の言葉が、自分の中に入ってきたのである。
こういうところに、学歴や権威にダマされやすい自分の権威主義的な傾向が表れる。
サイトの症例的なところを見ると、「爪噛み」とか、「チック」「抜毛症」「鼻くそほじり」「摂食障害」
その他、自分が年齢とともに経験してきたことすべてが羅列しており、
長年悩んできた
「買い物をやめることができない」「時間に間に合わない」「ものを捨てられない」「整理できない」
という自分の欠点(もう、悩みといえば、それに尽きた。それさえなければ、自分はおそらく普通だった・・たぶん)
それらすべてが、
「自分がダメなせいじゃない」
ことがわかってきて、全身の力が抜けるようだった。
長いこと、「チック」や「抜毛症」などは、私は強迫神経症の範疇に入ることだと思っていて、
その症状を隠す、抑えることで出てきた可能性が高いという。
そういった症状は、小さい時から家族や近所の人から指摘されて、やめるよう強く言われ、やめては次の症状へと移っていったが
むかしのことだから、それは単にクセのようなもので、本人の依存的傾向が表れたものと思われていたし、
例によって、そこそこ良い学校に行っていたから、親も私自身もそう問題であると捉えていなかった。
というか、問題ではあっても、発達障害であるとは考えていなかった。
しかし発達障害と学力というのは、関係がないようである。
また、発達障害は、遺伝的なものらしいので、そうした人がいれば
その両親には50%の確率で同じ発達障害を持つ人が見つかるという。
娘の場合、ものを捨てられないということはないが、逆に部屋の中はほとんど物がなく、それは少しでも物があると混乱するからで、「捨てられない」が裏目に出た結果らしい。
そう言うと、思い当たる人がいる・・父だ。
父は仕事の道具以外はほとんど物がなかった。
机の中にも、短刀と遺書の2つしか入っていなかった。
でも、多動であるという感じはしない。
強迫神経症ではあったと思う。
仕事道具も曲がって置かれていることはなく、人がさわればすぐにわかったし
ゴミですら、人にあげるもののようにきれいにパッケージングされていた。
行動的に見れば、母はほとんど落ち着いたところがなく、食事中でもいつも足をぶらぶらさせていた。
ただ、私に落ち着きがないことはむしろ母にとっては喜ばしいことのように映っていたようで、行動力がある証だと思っていたようだ。
母にとって問題だったのは、私が外で遊ばずに家の中でじっとしていること、だったようだ。
私は家の中で、本を読んだり、絵を描いたりするほうが好きな子供だったのだが。
でも、本を読みながら、髪を抜いたり、始終顔を触ったりしていた。
そのせいなのかどうか、母からことあるごとに
「普通にしなさい」
「なんで(普通に)できないの」
と、言われ続けていた。
この、困るのが
「普通」
で、母の言うところの「普通」が、まったく理解できないでいた。
私にしてみれば、普通にしているつもりなので、何が普通でないのか、どうしてほしいのかがわからなかった。
いまだに、母の言うところの「普通」がどんなものか、わかっていない。
ただなんとなく、私のスタイルは、母の気に入らないのだということはわかった。
また、いま取り組んでいることや買い物がやめられなくても、
そうした傾向があるとわかっていれば、自分を責めることなくやめるように促すことができる。
そう、全般に自分を責めることが少なくなったのだ。
それまでは
「ああ、またやっちまった!」
となり、
「いつもながら、なんてダメな自分・・」
と思うことを繰り返していたからだ。
毎日、毎日、症状が出る(それまでは症状と思っていなくて、悪いクセだと思っていた)たびに、自分を責めなければならなかった。
その厖大な時間が、なくなったのだ。
一気に、軽くなった。
やめられないことも、そこそこの程度でやめることができるようになってきた。
つまり、発達障害であったと認めることで、かえって上手くいくことが増えたのだ。
外側からも、責められるような場面に出くわすことが激減した気がする。
これが病院でまた、
「発達障害でない」
ということになれば、
「自分はダメな人」
に逆戻りしてしまうので、むしろこのままがいいかもしれない。笑
しかし、2012年以降に発覚した事実はすべて真実であることが多いし、娘に勧められているので、ひとまず同じ心療内科に行ってみようかとは思っている。