寺を、出た。
置手紙ひとつで。
すべて和尚に話したいことは話したし、これ以上話しても何も発展はないと
思ったからだ。
専務にだけ、挨拶してきた。
「いいじゃないですか、これから好きなことができて」
「どうですかね、ワタシはペシミストだから」
「それはいけませんよ、いつでも楽観的でないと。
わたしなんかいつもそうですよ。どうにでもなるんだから。
いつでも、夢を持っていることですよ。
そして最後にすべてを決めるのは、自分の意志ですよ。」
それが、専務のはなむけのことばだった。
メールの返事を片付け、データのバックアップを取り、金銭集計し、
自分のマグカップとスリッパを捨て、
和尚の祈祷中を見計らい机に手紙を置いて、急いで出てきた。
日が延びてまだ明るさの残る新富町を歩きながら、
こわばった体が徐々にほぐれて、
少しずつ、専務のことばが体にしみてきた。
胸が、希望と期待で、いっぱいになった。
後日、知人から連絡があり、
「和尚に電話したとき、あなたが急にやめてしまったけれど
理由を聞けなかったと言っていたよ。」
理由は、手紙の中に書いておいたつもりだった。
つまり、理解はされなかったってことだね。
そりゃ、和尚にとっては、なんの問題もない職場環境なんだもの。
それが問題といわれても、わかるわけないよね。
寺を出て間もないのに、それまでの価値観が、ものすごい勢いで崩壊していく。
そこにいないことが、自分には当然のことで、
後悔はみじんもない。
寺にいたことも、後悔してないけどね。